「今は、安心して過ごせることを優先してる。」
そう答えたあと、
「いつまで?」
と聞かれて、
私は、
「わからない」
とだけ答えた。
以前の私なら、きっと、
そのあとも説明を続けていたと思う。
でも、この日は違った。
息子のゲームのこと。
学校へ行っていないこと。
どうして、今はゲームをやめさせないのか。
これまでなら、
わかってもらいたくて、
必死に言葉を探していた。
でも、その日は、
「今の私には、これ以上説明することはない。」
そう思えた。
説明したところで、
相手の考えが変わるとは限らない。
それよりも、
息子と穏やかに過ごせる時間を守りたい。
その気持ちの方が、ずっと大きくなっていた。
そのあと、
息子は昨日のゲームのことを、嬉しそうに話してくれた。
私はその話を聞きながら、
この時間を、大切にしたい。
そう思った。
ゴミ出しをして、少しブログを触って、編み物をした。
夫に頼まれて、ミシンの糸替えもした。
途中お腹が痛くなって、少し昼寝をした。
午後は、息子がイライラする場面もあった。
無理に機嫌を取ろうとはしなかった。
少し距離を置いた。
夕方は作り置きをして、
首をタオルで温めながら、
ゆっくりおじやを食べた。
特別なことがあった一日ではない。
でも、
説明しようと頑張らなかっただけで、
心は、少し軽かった。
あの日から、
全部説明しようとするのを、
少しずつやめた。
必要なことだけ伝えて、
あとは相手の受け取り方に任せる。
それでいい、と
思えるようになってきた。
相手にわかってもらうために、
自分を削る必要はない。
そのほうが、
私も息子も、
穏やかに過ごせる日が増えた。
「わかってもらうこと」より、
「自分たちの毎日を大切にすること」を、
選ぶようになった。
説明しないことは、
諦めではないと思う。
今の私と息子の暮らしを守るための、
小さな選択だった。
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